MSKKが自社の製品のカタカナ語表記を「コンピュータ」→「コンピューター」のように変更するとのこと。こういう語尾の長音符号の省略は工学系の習慣で、もともとは外来語の末尾が長音符号ばかりになってしまうことを避ける目的で行われてきたことのようです。今回のMSKKの方針転換は現在の国語政策に沿うことを意味します。
この習慣、私は対象により使い分けています(というより意思疎通を妨げるので、カタカナ語自体を意識的に使わない)が、大まかには以下のような規則だったりします。
いつぞや「スーパバイザ」とかなんて用語を見たことがありますが、当然この規則から逸脱します。語尾の長音符号としては「フロッピー」などもありますが、後述します。
少したどってみると、学術奨励審議会学術用語分科審議会で揉めたことあたりにあるようです。それまで分野によって省略していたりしていなかったりした用語を統一しようとして収拾がつかなくなったので、国語審議会へ問い合わせた回答をもとに省略することになったと思われます。確かに手近にある戦前・戦中の手書きの技術報告を見てみたりすると、用語により省略していたりしていなかったりしますが、近年のものは最初のような規則で省略する傾向にあり(たいていはその分野の学会の投稿規則がそうなっている)、今もこの習慣が定着していると言えそうです。
この国語審議会からの回答は今の見解とは異なり、「原則的としてはこれまで通り長音符号をつけるのが適当であると考えるが」、「長音符号をつけなくて行われているものや、これから造る術語では、しいてつけるに及ばない」ということであり、対象範囲には英語の-er/-or/-arの他に、英語の-gy/-py(とそれ以外)や独語の-gie/-pieなども想定するものでした。
英語の-gy/-pyや-yで終わる語に目を向けると、森博嗣氏の小説・日記等には「ミステリィ」、富士通だと「フロッピィ」などの「ィ」表記がありますが、「ィ」なんて上の規則とも合致しないし、当時の国語審議会の見解でも許容しているとは言えません。勿論、学術用語ですらない「ミステリ」なんて違和感しかありませんけどね。工学の習慣を誤認しているとしか思えません。
さて、この習慣は国語政策としては自然科学と工学に限定する方向にあるようです。MSKKの方針転換には文字符号・漢字政策と同様の背景があるのではないでしょうか。国語改良なるものが本当にできるかどうかは別として、企業にとって国語政策に沿っておくことはそれなりに利があるのでしょう。
余談。学術用語審の用語の統一は一定の成果を残しはしましたが、分野によっては相変わらず独特の用語を使い続けていたりします。下手するとその用語だけでどこの大学のどこの学科であるか判ってしまったりします。似たような例としては「超伝導」と「超電導」とか(これは役所の違い)。
例によって、新常用漢字は揉めそうな気がします。特に現行常用漢字表からの削除文字。こいつらは現行の常用漢字を制定する際にも問題となった文字で、そのときは残すという結論が出ていたはずです。それを蒸し返すのは、百害あって一利なしだと考えます。まあ、削除にせよ追加にせよ落ち着くところに落ち着かせなければならないでしょうが(追加文字は印刷標準字形≒康煕字典体にせざるを得ないと予想する)、当初の予定からは遅れることになるでしょう。
削除対象についてその理由を見ると、他の漢字で書き換えられたから(そういう指導がされている)とか、最近あまり使われていないからという。個人的には、前者の書き換えは漢字の表意文字としての特性を失わせることや、同音異字語を無意味に増やすだけなので、有害だと考えています。私は未だに膨「脹」とか「充分」と書いていますし、将来もそうするでしょう。有害なことを積極的に肯定する理由を私は持ちません。
あまり使われていないからという理由にしても、例えば材料の世界では「銑」鉄は使われています。まあ専門用語は常用漢字の対象外ですが、常用漢字の影響を受ける人名には使われています(当用漢字以前だけれども、例として森銑三氏など)。したがって、常用漢字からの削除は現実的ではなく、仮に削除しても人名用漢字として政令文字に残さざるを得ないでしょう(余計な負荷が法務省にかかるわけです)。むしろ「璽」の方が常用されていないのではないかと思いますが、これは法律の公布の都合でしょうか。理解に苦しみます。
あと、人名用漢字は討議の対象ですらないはずです(常用漢字や当用漢字のまえがき参照)。確かに人名用漢字と常用漢字との整合は大事かも知れませんが、そのことが国語分科会が人名漢字の運用に口を出す理由とはなり得ません。そもそも、人名などの固有名詞は常用漢字の対象となっていません。無軌道な名前の付け方を規制するのは、法務省が公共の福祉を盾に「社会生活を著しく阻害する虞があると認められる場合」を拒絶理由に加えればいいだけの話です。
本題から脱線すると、命名については昔から紛争の種になってきたわけで、自由に名前をつけさせろとか人名用漢字の追加の圧力は将来にわたって続くでしょう(香港では作字すらある)。はっきり言って、意思疎通を妨げるとか「悪魔」など反社会的な理由以外で規制する必然性がないので、また人名用漢字が増えてもおかしくありません。
かつて、大陸には二簡字(第二次漢字簡化方案による新簡体字)というものがありましたが、あまりにも急進的過ぎて失敗に終わりました(なんせ「雪」を「ヨ」と書くような簡化)。そもそも、今日の我々の環境はすぐそばに携帯電話があるし、電算機があることも多い。難しい字を携帯電話で検索しているような状況下で、あるいは電子メールを使用しているという状況下において、漢字制限というものがいかなる意味を持つのでしょうか。
確かに、漢字制限というのは筆記に頼っていた時代であれば、それなりに意味があることだったと思うのです。まあ、あの汚い字体表で略字体を定める必要があったかどうか疑問ですが。個人的には当用漢字字体表のやらかしたことは、略字体により不必要に異体字を増やしたことだと思っています。
仮に、常用漢字にさらなる新たな略字体を追加するようなことがあるならば、無用な混乱をもたらすだけでしょう。筆記に頼る時代であれば、教育とせいぜい活字屋にその負担を押しつけることができたでしょう。しかし、今日の社会は筆記ではなく、情報機器や印刷物に頼っているのです。それらの機器の書体や活字をすべて書き換えるために、社会が払うであろう負担は膨大なものとなるでしょう(影響を受けるであろう文字集合を使ったテキストデータが既に存在するのだ)。そもそも、漢字制限政策は使う漢字を制限することによる社会の効率化にあったはずです。新常用漢字が新たな負担を引き起こすなら、本末転倒ではないでしょうか。
結果として、社会の情報化は漢字制限政策の存在理由を希薄化し、同時に現在の字形を将来にわたって極めて強く拘束したと言えます。実際、ここ数年の文字符号(JIS200x/Unicode)や印刷標準字体といった施策は、漢字の規範を清朝の康煕字典体に収束させる方向に働いています。Unicodeに至ってはその包摂によって日中韓越台港(+星?)の漢字政策を拘束してしまっているわけです。それらに反した形で新たな略字体を追加することは不可能ではありませんが、確実に世界全体に混乱をもたらすことになるでしょう。
さて、新常用漢字が社会に混乱をもたらさないためにはどうすればよいでしょうか。結論から言うと、常用漢字から文字を削除してはならず、追加のみにとどめるべきであろうということと、追加する文字は現在の日本語の漢字字形、つまり印刷標準字体(ほぼ康煕字典体)でなければならないということです。現行常用漢字でも同じ「弗」を旁に持つ「仏」と「沸」が混在しているわけで、略字体の不採用という行為はこれまでの漢字政策となんら矛盾しません。
それでは、新常用漢字の変更はどこに影響するのでしょうか。その範囲はおそらく教育と人名の二点で、略字の追加でもない限り、我々の社会生活にはほとんど影響しないと考えられます。教育はともかくとして、本来対象でないはずの固有名詞が一番影響を受けてしまうことが、この問題をややこしくしています。できることなら、人名は常用漢字と完全に切り離して「社会生活に支障がないくらい平易で誰でも読めること」と「反社会的でないこと」の二点だけを要件とすれば良いのではないでしょうか。そうすることで済し崩し的に人名用漢字が増加する(そしてJISやUnicodeまで影響してしまう)ことは無くなりますし、常用漢字は固有名詞の呪縛から逃れることができます。
最後に自分の意見を言っておくと、現実から遊離した改悪(文字の削除や略字体の追加)が行われたとしても、二簡字よろしく失敗に終わると考えます。しかし、二簡字とか則天文字は今でも俗字・異体字として残っていたりするわけで、一度字を作ってしまったらなかなか消えません。私はこれを文字のエントロピー増大則と呼んでます(苦笑)が、効率化のための漢字制限・略字が結果的に異体字の増加につながるわけですから、同音異字語と同様に有害ですらあると言えるのではないでしょうか。したがって、略字体の採用や同音異字語の追加だけは全く賛成できません(他は行政が負担増加を厭わなければ構わない……我々に影響がないのだから)。
親指シフトキーボードFMV-KB211がLinuxで使えるかどうかテスト。いくつかキーバインドを変える必要があるものの、FMV-KB211はそれなりに利用できます。
このキーボード、かなモードでは「あ(左親指+Sキー)」を押すと、「3」のコード(106キーボードの3のキートップを見てください)が発行される仕組みになっています。おまけに「?(左親指+1キー)」を押すと「英数」→「?」→「ひらがなカタカナ」というコードが発行されるという設計。
このため、106キーボードのレイアウトテーブルの大部分が転用し、ホットキーの設定を調整することでこのキーボードを使用できるようになります。SCIM-AnthyではJIS仮名配列に5文字追加とキーバインドの一部変更だけ。下にその手順を書きます。
こうすることでSCIM-Anthy起動後、「ひらがなカタカナ」を押すことで親指シフト入力できるようになります。
問題はタスク切り替え時のモードずれでしょうか。DOSでFMV-KB211を使うならいざ知らず(DR DOSのマルチタスクやタスクスイッチャでは問題となる)、マルチタスク環境下ではどうしても日本語入力モードでタスク切り替えが発生してしまいます。ちなみに、富士通やサニコン製のドライバではキーボードに制御コードを送ってやることでモードずれしないようにしています。
この動作をSCIMでできるようにすれば、起動後やタスク切り替え時の手動でのモード切り替えが不要になるのですが、今後の課題とします。ちなみに送ってやるコードについては聖人さんのサイトへ。FMV-KB611の互換モードがそれに当たります。